手紙にしたためられた穏やかな愛
手紙の往復で物語が進んでいく「書簡小説」というジャンル。本書はその中でも名作として語られている。
昭和末期の作品で、街並みや言葉遣いなど、随所に昭和の雰囲気を感じる。けれども、それは人情を引き立てるギミックとして働く。
物語に浸っている間、終始ノスタルジーな気分になれた。静かな窓辺で、一人オルゴールを聞いているような、穏やかな心地……
蓋を開けば、懐かしい音色が心をつつむ。ささくれた気持ちが、少しずつ癒やされていく。そして、曲が終わるときには、前よりちょっとだけ前向きになっている。
『錦繍』は私にとって、まさにオルゴールそのものだった。
心に空いた穴をうめあうように
昼から読み始め、食も忘れて読みふけった。読み終えて本を閉じたのは、日付が変わる深夜。窓をみると、この日は既に沈んでしまったのか、月の姿がなかった。
愛の告白を「月が綺麗ですね」と言ったのは夏目漱石。月の神秘的な美しさは、優雅で艶やか。それを愛でたくなる気持ちは、恋心と似ている。
しかし、月明かりがなければ、夜は深い闇に包まれる。この月のない夜が、愛する人と離れ離れになる悲しみに重なって一層わびしく思えた。
10年。心にぽっかりとあいた隙間を互いが埋め合うように、長い長い手紙が綴られていく。
約一年にもおよんだ往復書簡。手紙をやめるとき、二人がどんな人生を歩み始めるのか。最後の一文字まで愛が溢れる感動の筆致を、ぜひ堪能してほしい。
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